従来の当院の噛み合わせの治療(咬合治療)は「歯」を起点としたものでした。 しかし、数多くの患者さんに向き合う中で、この理論だけでは説明できないような「咬合の変化」や「咬合治療そのものの失敗」を経験することで徐々に疑問が芽生え始め、考え方に変化が訪れるようになりました。
そんなときに出会ったのが、アメリカの医師であり歯科医でもあるMark A Piper,M.D.,D.M.D.(以降、パイパー博士)によって考案されたFoundational Occlusion(ファンデイショナル オクルージョン)」という理論です。
この理論は、これまで抱えていた咬合に関わる問題を、一気に解決してくれる画期的な理論で「顎関節を起点として咬合を見る」という考え方を土台にした、全く新しい視点の理論でした。この理論を日本でいち早く臨床に取り入れて、従来のシステムを一歩前進させたのが、当院の「顎関節を起点とした総合歯科診療システム」です。
ここでは、わたしたち「セキハタ歯科医院」がどうしてこの考えに出会うことになったのかをご説明しながら、これまでの歩みを少し振り返ってみたいと思います。
わたしはこの道40年以上の歯科医です。開業してから1日も病気で仕事を休んだことはありません。50歳になったとき、仕事を続けながら、
「自分がおこなっている歯科医療システムを客観的に評価してみたい」
ということで、一念発起して長崎大学医歯薬総合科大学院に社会人大学院生として入学しました。
当時の大学院はすでに新制度を導入しており、医・歯・薬に関する必修単位の修得が義務づけられていました。そのため、1年・2年次は月2回は長崎に行って講義を受けなければなりませんでした。学年の途中には英語やドイツ語の試験もありました。3年次からは自分の学位論文の制作に入るのですが、指導教官が代わりに論文を書いてくれるということはありませんし、学位論文のテーマが当院の歯科医療システムの疫学的な評価でしたから、当然他人に任すこともできませんでした。
データをまとめ、統計をとり、分析していくことは、この歳ではかなり重労働で、特に論文の仕上げの段階では土日はほぼ徹夜状態が続きました。幸い、4年間で論文を書き上げて歯学博士の学位を取得することができました。もちろん親から良いDNAを受けついだのかもしれませんが、あれだけの状況で病気もせずに健康に乗り切れたのは、おそらく「食のおかげだ」と思っています。
自分の体にいい食べ物を選び、正しく調理することはもちろんですが、何より、自分の健康な歯でおいしく味わって食べることが、この体を支えてきたのだと実感しています。 おかげさまで、還暦をとっくに過ぎたこの年まで、1日10時間くらい働いても、あまり疲れを知りません。
わたしにとって歯はとても大切なものです。
特に、わたしは歯科医が「入れ歯をしている」なんて不名誉なことだ思っていますので、何としてでも8028(80歳で28本の歯を機能させている)を達成して、ピンピンコロリの法則を実践したいと強く願っています。
毎日30分以上お口の手入れを欠かすことは一日足りとありませんし、根の治療も専門医に治療をしてもらいました。人工物も、ちゃんと咬合を考えている歯科医にお願いして一口腔単位での治療を受け、定期的にメンテナンスもおこなって、大切に、大切にしてきたつもりでした。
ところが、ところが、なのです。ある時一抹の不安が頭をよぎりました。右下の最後臼歯の状況がどうも思わしくないのです。どう思わしくないかと言いますと、 硬い物が噛みにくくなってきたのです。
5年ほど前(2010年)、歯科用CTを購入しようと思い、いろいろなメーカーの装置で自分のお口の中を撮影してもらって、どれを購入しようか比較検討していた時のことでした。
どのメーカーの装置が一番正確に撮影できるのかをこの目でたしかめたかったので、自分のお口の中を撮影してもらった映像をみていたのですが、どうも下の最後臼歯を支えている歯槽骨の後ろの方が、半分なくなってきているのに気がついたのです。
その時までは、特にこれといった症状もなかったので、これは機械がゆがんでこんな風に写ったのだと思い込んでいたのですが、別なメーカーのCTで撮影した結果も同じような画像が出てきます。
「嘘だろう?しかしなぜ最後の歯の周りの骨がなくなっているんだろう?」
当時のわたしには想像もつかない現象でした。
この頃から、大切な歯を守っていくためには、もっと根本的なところから見つめ直す必要があるのかもしれないと考えるようになったのです。
多くの方は、「歯はとても大切なもの」と考えていらっしゃると思います。わたしももちろん、過去の経験から、歯の大切さを十分に実感しています。では、どうして大切のなのですか?と問われると、その理由を明確に答えられる方は少ないのではないでしょうか。単純に考えると、「口の中に入った食べ物をすりつぶして飲み込みやすくするのが歯の役割だから」ということになるでしょう。
でも、それだけなら少しでも悪くなった歯はすぐに抜いて入歯やインプラントを入れればよい、ということになってしまいそうで、歯を大切にしようという発想にはなかなか向かわないのではないかと思います。
わたしは、歯を含む口腔は「食べ物の情報を読み取って脳に送るための臓器」だと考えています。 脳は体の中で一番偉い臓器で、すべての情報を握って体をコントロールしています。目でも、耳でも、手でも、足でも、全ての器官は脳と情報のやり取りを繰り返してそれぞれの役割を果たしています。中でも、歯や口腔は「栄養素を取り入れる」という、とても重要な働きをしており、これがないと人は身体を維持していくことができなくなってしまいます。
特に、身体に取り入れた必須微量栄養素は、3〜4時間で外に出てしましまうため、1日3回の食事を一生続ける必要があります。
でも、「よし今日も栄養素を取り入れよう」と意気込んでご飯を食べている人なんて本当にいるでしょうか。わたしたちが毎日食事を続けていられるのは、美味しい!楽しい!と感じていられるからではないでしょうか。つまり、口腔の役割は、単にモノをすりつぶすだけでなく、栄養素を取り入れる行為を長く続けられるように「美味しく食べることの楽しさ」を脳に伝えることなのではないかと思うのです。
では、美味しく食べるということは、どういうことでしょう。実は、脳は口腔内にある仕掛けをほどこしています。
例えば「歯ざわり」です。歯茎の中の「歯根部」とそのまわりの「歯槽骨」をつなぐ「歯根膜」の中にはセンサーがあり、このセンサーが反応して、わたしたちの脳はこれを「歯ざわり」として感じる仕掛けになっています。
インプラントや入れ歯にはもちろんその様な仕掛けが無いので、歯触りを感じることはできません。この歯ざわりによって、その違いを楽しみ、美味しいと感じることができます。歯ざわりの乏しい物は余り美味しいとは感じません。
また、「甘味」・「酸味」・「塩味」・「しぶ味」・「うま味」などの味も大切で、特にうま味は脳に喜びを与えるものです。うま味は、咀嚼することによって唾液と食べ物が良く混ぜ合わされて液状になり、舌の味覚受容器を伝って脳に送られることで感じるものです。そのおかげで「今こんなに美味しい物を食べているんだ」と感じることができます。
また、歯と歯で食べ物を潰すと、その食べ物独特の香りが出てきます。香りを感じるのは臭細胞で、その食べ物を特定して記憶し、これを過去の記憶と照らし合わせることで「これは好きな食べ物だ」「懐かしい薫りだ」と感じることができるのです。
すりつぶした食べ物は唾液によってお口の中で消化されますが、わたしはここにも仕掛けがあるのではないかと思っています。
「アミラーゼ」という消化酵素をご存知でしょうか。これは、唾液と膵液(膵臓から出る)に含まれる消化酵素で、デンプンを糖類に分解するという働きをしています。 唾液に含まれる消化酵素「アミラーゼ」はデンプンを二糖類まで分解し、膵臓から出るアミラーゼは単糖類まで分解します。
同じ「アミラーゼ」なのに、唾液のアミラーゼは途中で分解をやめてしまっているのです。どうしてこのような違いがあるのでしょうか。
その答えは「甘味」です。まず、デンプンそのものには甘味はありませんし、単糖類にも甘味を感じることはありません。それに対して、二糖類というのは砂糖のようなもので、甘味のある糖です。デンプンが分解されて「二糖類」になることで初めて、わたしたちの舌は甘味を感じるようになるのです。
つまり、咀嚼をして唾液と混ぜることで「甘味を感じる→食べることは楽しいことだと思わせる→行動を起こさせる」このような狙いがあって、わざわざ二糖類までしか分解しないという仕掛けを作ったのではないかと推測しています。
このように、お口の中で食べ物を咀嚼することによって、とても多くの情報が脳に伝達されます。脳は、情報を受け取って初めて、体に食べ物を消化吸収させる準備を指令し、体の器官が消化吸収を実行するのです。
脳が美味しいと思わなければ、胃の中にただ食べ物を流し込んでも十分な消化吸収は起こりません。 ミキサーですり潰されたものを胃袋に流し込むことで元気になったという話は聞いたことがありませんし、TVで放映される「大食い選手権」の選手を見ていると、太っている人はほとんどいません。ひたすら飲み込んでいるだけでは、吸収されて血となり肉とはならないのです。
しっかりと味わうための「咀嚼」をして、食べ物の情報を脳にしっかりと渡すことによって初めて消化吸収が促進されるからです。
健康で機能的に働く歯は、身体に必要な栄養素を確保するために、食べ物の情報を脳に伝えるという重要な働きをしており、これが「歯は大切です」と言い切れる理由の一つです。
逆に、歯が少なくなっていくと十分に咀嚼をすることができなくなり、飲み込みやすいようにミキサー食にしたり、食べ物の種類を限定したりして食事をとるようになります。食べ物をすりつぶす時に出てくる香りや歯ざわりが失われ「美味しさ」を感じなくなったことで、食べ物そのものの情報を脳に送ることができなくなっていきます。
本来楽しいはずの食事は、苦痛の時間になっていき、体は必要な栄養素不足に徐々に陥って、免疫力や治癒力が低下していきます。
兵庫県の歯科医会では、「歯科保険をいっぱい使う人は、医科の保険はあまり使わない」という分析結果を発表しており、このことからも、健康でいるためには「歯が機能的に働ける環境にあること」がいかに大切なことかがわかります。
歯は、髪の毛や老眼とおなじように、老化が原因でなくなっていくと思われがちですが、決してそうではありません。
まず、体には一つたりともいらない臓器は存在しないと思います。本来、歯やそれに関わる組織は、栄養素を体に取り入れるために必要な臓器として、他の臓器より丈夫にできているのですが、同時に、「噛む」という物理的に強大な力が常にかかるということも忘れてはいけません。
食事などの日常行為で人が噛む力の最大値は、前歯が約30kgf、臼歯が約39kgfですが、睡眠中など無意識の状態では、歯ぎしりやくいしばりによって、前歯が平均40kgf程度、臼歯で平均80kgf程度と体重を超えるような圧力が加わるといわれています。(※噛む力の大きさは平均値。)
また、歯の上部は体の外に出ていて、その外の環境は細菌だらけの中にあるので、常に細菌の攻撃にさらされています。そして、最も致命的なことは、骨と違って、免疫作用や再生治癒能力をほとんど持たない組織であるということです。
このような状況下にありながら、他の臓器と同じように寿命まで使い切ることは、「大事にしようという強い意識」と、それを「実行する意志」がない限り非常に難しいのではないかと思います。
歯はとても大切な臓器であり、意識して生涯守っていかなくてはならないものなのです。
セキハタ歯科医院では、患者さんの歯を一生守っていくことを診療哲学として、1989年から、一口腔単位の治療をおこない、その後定期的にその状況を維持していくためのメンテナンス型定期検診を実施してきました。
冒頭でもお話をした大学院では、320名(男性105名、女子235名、メンテナンス平均期間7.01年、平均年齢56.7才)の患者さんを対象に、疫学的調査をおこない、2005年に「長期メンテナンス受診者に於ける歯の喪失リンクに関する研究」と題する論文を発表しました。対象歯7468歯のメンテナンス中に191歯が抜歯されたのですが、この数字は、世界的な評価からすれば、決して悪くない数字でした。しかし、191歯の歯が抜歯されたのは事実です。
当時の論文では、この抜歯原因の第一は歯根破折で、第二は歯周疾患の悪化で、それぞれ46%、45%を占めていました。そこで、破折歯は無随歯が多かったので、「歯随を守ること」、歯周疾患の悪化に対する対策としては、「家庭でのプラークコントロールの習慣化と医院における定期検診の受診」としました。しかし、この2つを守っていてもなお、少数ですが抜歯に至るケースが発生していました。この数字をなるべくゼロに近づけたいと思い、あれこれと更なる原因を追及していました。
そのような折、アメリカで開業している友人の歯科医が講演のために来日していたので、一緒にゴルフに出かけました。歯科医同士ですので、当たり前のように歯の話になるのですが、そのときに彼はこんなことをつぶいたのです。
「顎関節が変化して咬合が変わるんだよね。」
最初はピンとこなかったのですが、好奇心が強いわたしはその一言が気になり始め、その日の晩は夕食もそこそこにして、彼の知り得た顎関節の話に聞き入ってしまいました。
その時間だけでは足らないので、翌日帰国の途につく前の空港での時間をもらって、つづきの話を聞き、わたしの頭の中は、この新しい情報に占領され始めていきました。顎関節と咬合が関係しているのは以前からわかっていたことですが、顎関節自体が変化していくということは、寝耳に水、痛点を押さえつけられたような、驚きともいうべき考え方でした。
たしかに、顎関節の変化によって噛み合わせがずれて、ある特定の歯が強く当たるようになると、歯はその圧力に耐えられなくなり、ひびが入って割れるか、周りの骨が溶けるという現象は起こりえることです。
わたしの歯の状況は、まさにこの結果だったのです。「今まで、歯だけをケアして、顎関節のことは全く考えにも入れていなかった歯科医療体系はいったい何だったのだろうか?」という疑問とともに、「今まで原因がよくわからずダメになっていた歯がこれで救われるぞ!」という大きな希望も生まれてきたのです。
当院は、最初に一口腔単位で治療してから、その後定期的にその治療をフォローしていくメンテナンス型定期検診をおこなっているため、否が応でも自分の行った治療に向きあわなければなりません。 そして、長期に渡って継続的に患者さんの状況を診ていくからこそ、そこから見えてくる問題があるのです。 その問題とは、 初期治療ではほぼ完ぺきであった噛み合わせが、時間の経過とともに変化してきて、その時その時で症状が出てくるということです。
中には、当院のメンテナンスで12年間安定した状態を維持していたのに、わずか3〜4ヶ月後の定期検診でチェックすると、最後臼歯を支えている歯槽骨がほとんど消えてしまっていたという患者さんさえいらっしゃいました。
この事実は、わたしを大きく悩ませました。しかし、それと同時に、自分自身に起こった咬合状況への気付きをもとにして、歯を喪失させる新たな原因の究明に、新たな情熱が湧き出てきました。
この患者さんにおこった変化の最大の原因とは何なのでしょうか?
そして、その変化に対する対策とはどのようなものなのでしょうか?
わたしは自分の体験にもとづいて、歯が失われる原因に対するある一つの仮説を立てました。
顎関節の変化によって変えられた噛み合わせが
特定の歯に異常な荷重をかけてしまう。
そこに、歯質が弱い、歯髄を失っている、歯周病菌がたくさんいる、パラファンクションがある
などのリスクを抱えていると、急速に歯の崩壊に繋がっていく
という仮説です。
つまり、
「歯の生命を握っているのは 顎関節である」ということが言えるのではないかと考えたのです。どうしてこの仮説に至ったのかをご説明しましょう。
まず、噛むためには下顎(したあご)が動きます。その動きの蝶番(ちょうつがい)が顎関節であり、この顎関節が安定していて変化することがないという前提であれば、下顎の末端にある歯は、決まったところで上の歯とあたりますので、何の不具合も生じてきません。
ところが、膝の関節と同じように荷重のかかる関節は大なり小なり関節内に変調をきたしてくる場合が多いのです。
当院でも、患者さん130名の顎関節のMRI画像を診断してみたのですが、予想に反して99%の人が5段階うちの4段階まで悪化が進んでいました。(パイパー博士は、顎関節の中の軟組織が変位して病状が悪化していく過程を5段階8分類に分類しています。)
実際に、メンテナンス型定期検診を繰り返しおこなう中で、少数ではありますが、噛み合わせの異和感を不定期に訴えたり、歯の破折を招いたり、歯槽骨の急激な吸収をもたらして歯を喪失してしまったりもしています。
実は、わたしの顎関節の状態も、左右ともに4段階まで進んでいます。しかし、わたし自身は右の方に多く異和感を感じます。今は、右下の第2大臼歯では硬い物は噛むのが苦手な状態です。
X線像ではまわりの骨がかなり吸収している状況です。噛み合わせの調整を繰り返した結果、歯冠部も相当短くなっています。 出血や排膿はありませんが、異和感を感じるとき、咬合状態を自分でチェックすると、かなり咬合が強くなっていることがわかります。 調整をするとかなり楽になり、嘘のように異和感が遠のいていきます。
このような実体験から「異和感が出た時、関節が変化して咬合が変化したのだ」と解釈していたのですが、今春(2015年春)くらいから、右上第一小臼歯部舌側の歯茎辺縁部がプッと膨れるようになりました。 押して潰すと、プチュッと浸出液が出ます。そのような状態を何度か繰り返していたのですが、 つい最近その部位の咬合が非常に強く感じるようになり、痛みも出て、一時的にではありますが硬い物が急に噛めなくなりました。
そこで慌てて噛み合わせの調整をしたので、今は落ち着いて咬合痛もありません。冒頭でもお話した通り、8028を達成するために毎日30分以上かけてお口の隅々までお手入れをしていますが、どうもそれだけでは防ぎようがないようです。
そこで、このような自分自身の体験とメンテナンスの患者さんの病歴から、顎関節の変化による歯の破壊や症状がどのような順序で起こるのか、悪化の原理を推測してみることにしました。
症状が出た時には既に手遅れの状態で、歯は喪失に向かって急速に走り始めているのではないか、そして、これまでの歯科の治療は、すでに悪化したものにしか対応できない「対症療法」だったのではないかということです。
この気づきによって、これまでとは全く違った発想の治療や、それを補う診療システムを今のシステムに追加することが必要ではないかと思うようになりました。
顎関節は変化していくという考えを根底に持っていて、
ごく初期の段階での変化を察知して「悪化を予防する」ことができて、
歯を一生守り続けていくことができるような治療の仕組みです。