保険適用できなくても
噛み合わせ治療を絶対にやっておきたいわけ
むし歯や歯周病には敏感な人も多いと思いますが、噛み合わせに対しては関心を払う人が少ない傾向があります。これは、むし歯などに比べて症状が出にくいことや、保険適用ができないために治療費がかかってしまうことが理由なのかもしれません。
しかし、噛み合わせが悪くなると、健康な歯を維持できなくなるということにもつながる恐れがあります。
今回は、健康な歯を保つために噛み合わせが重要な理由と保険適用ができない理由を徹底解説します。
噛み合わせを大切にしたい理由
歯を抜く原因はむし歯と歯周病だけをよく言われますが、実はそれだけではありません。特定の歯に異常な圧力がかかることによってむし歯や歯周病が悪化し、歯を抜かざるをえない状況にいたります。この「異常な圧力」の原因が、噛み合わせの変化なのです。
本来正常な噛み合わせとは、すべての歯が均一に当たっている状態を言います。悪い噛み合わせとは、全部ではなく一部の点しか当たらない状況のことで、日を追うごとに部分的に当たっているところだけが酷使されるようになっていきます。
つまり、強く噛み合う時の圧力によって歯に小さな亀裂が入り、そこからむし歯菌が侵入してむし歯が発生します。亀裂が大きくなってくると、歯が割れたり歯の周りの骨が急に溶けて歯がグラグラし始めます。こうなってはじめて、何かおかしいということに気がつきます。
さらに、むし歯菌や歯周病菌がそばにいた場合は、彼らにとって絶好の居場所となるので、そこに住み着いて歯の崩壊が激しさを増していきます。
歯の役割と悪い噛み合わせが起こす影響
そもそも、歯は食べ物を摂取するためにあります。単にかみ砕いて飲み込みやすくするだけではありません。人間には、死ぬ間際まで食欲を衰えさせない仕掛けがあります。それは、脳の食欲中枢にあるのですが、脳に食欲を意識させる仕掛けが、歯にあるのです。
それが、「歯ざわり」、「歯と舌と頬で唾液と混ぜることによって感じる旨味」「歯が食べ物を粉砕することによって生じる食材の香り」なのです。
しかしこれは、噛み合わせがきちっとできていることが大前提です。
人は、二次成長期の14~15歳で永久歯列が完成する頃、出てきた歯の位置に合わせて下顎も大きく成長し、下顎に含まれる「顎関節の構造」が完成します。
顎関節と噛み合わせの関係が一生変わらなければよいのですが、歯や顎関節は生ものですから、そうはいかないことが多いのです。力が加わってくる歯や一日に何千回も動いている顎関節にとって苦難な道が待っています。むし歯・歯周病の発生や思わぬストレスが、歯や顎関節に影響をおよぼす機会をねらっているからです。
こうしたストレスに始まり、それ自体の経年変化や体質によって、「正常な(均一のとれた)噛み合わせ」の状態が悪化し、ある特定の歯が強く当たってしまう「不安定な噛み合わせ」に変化してしまいます。
新しい病気の概念フレイル
噛み合わせが不安定になるということは、かたよった噛み方になるということです。すると、よく噛んで味わって食べること(※1 精咀嚼)ができなくなって脳に食べ物の適切な情報が送られません。ついつい、にゃんにゃんゴックンん粗い噛み方(粗咀嚼)になってしまいます。体にとっては栄養素のかたよりや栄養素の欠落状態になりますので、もし粗咀嚼が続いていけば健康を損なってしまう事態になりかねません。
※1 唾液とよく混ぜ合わせ、食べ物のうま味を味わって食べる食べ方
新しい病気の概念としてフレイル(Frailty)という考え方が注目されています。フレイルとは加齢とともに心身の活力が低下し、生活機能障害、要介護状態、そして死亡などの危険性が高くなった状態をいいます。
しかし、この状態になっても、適切な“運動”と“栄養”をとっていれば、元の健康状態に戻すこともできるということがわかっています。
逆の見方をすれば、健全な人でも適切な“運動”と“栄養”をとられなければ病気になるということです。この二つがいかに大切かということをご理解していただければと思います。だからこそ、歯科にとって嚙み合わせの管理や治療は、決して見過ごすことのできない重要なことなのです。
噛み合わせが保険適用できない理由
むし歯や歯周病が心配になったら「歯医者に行こう」と考えるのに対し、噛み合わせが悪いと感じたときはどうするでしょうか。「どこに行けば良いのだろう?」と、思いあぐねる人がほとんどではないでしょうか?
お医者さんの世界では、あまり聞いたことのないような病気でもテレビや新聞を通じてその存在を伝えて、さかんに受診することを宣伝していますが、歯医者の方は歯の衛生週間の時にむし歯や歯周病について取り上げるだけで、普段は歯科領域で生じる病気についてのアナウンスはほとんど聞かれません。噛み合わせの治療については全くといっていいほど情報が流されていません。
じつはこのことが、歯の保険適用を決める「歯科保険制度」にも関係しています。
理由その1:歯科保険制度の歴史
歯科保険制度の歴史から始まります。歯科保険制度ができたのは昭和36年。このころの日本は第2次世界大戦の敗戦からようやく立ち直ろうとした時期で、復興に向けて多くの国民は働くことに夢中で、衛生や予防に対する考え方は発想すらない時代でした。
しかし食糧事情がよくなってきたことで、多くの人がむし歯による痛みに悩まされ、政府はやむなく歯科保健を導入しました。今の保険制度はこのときの事情を反映したものです。
歯は一度悪くなったら体の他の組織と違って治癒再生能力はほとんどありません。逆に歯科医師が処置した人工物も不変です。もし、その処置をされた人工物が歯に不適合な状況であったらどうなるでしょうか。まさに火に油、その歯の環境はますます悪化していってしまう確率が高くなります。
むし歯による痛みを一時的に止めたり、応急的に修復することが「歯科保健制度」の原点であり、現在でもほとんどこの応急処置的な治療方針は変わらないまま施行されています。歯科治療は「命に直結していない」と考えられているせいか、抜本的改革をすることに対する優先順位が高まらないのが、今もなお半世紀も前の指針が維持されている理由ではないでしょうか。
医科では成人病の予防のための「禁煙指導」、「メタボ予防のための検診と指導」が保険導入されていますが、歯科では「虫歯にならないためのプラークコントロール」や「噛み合わせや顎関節を変化させないための治療」は保険に入っていません。あくまで症状が出た時にだけ使われるのが歯科保険です。
こうした理由から、いまだに噛み合わせの重要性は大々的な宣伝をしていない、いやできないのです。「ん?」矯正治療というのがあるじゃない?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、噛み合わせは矯正治療で治るということはありません。矯正治療は「歯の並び」を治すのでせいぜいで、噛み合わせ改善にはほとんど役立っていません。
ちなみに、日本の医療費は厚労省の発表では2016年度は総額40兆円、入院費が16兆円、入院以外が13.8兆円、薬剤費が7.2兆円、そして歯科は2.8兆円ということでした。総額の7%が歯科にかかった医療費です。
まだまだ歯科治療の大切さが国内に浸透していない証ともとれる数字ではないでしょうか。嚙み合わせ治療の保険導入を促進するためには、多くの人たちが噛み合わせの重要性に気づきこの治療を受けることを叫び、国全体に浸透させる必要があります。
理由その2:周到な準備と緻密な治療
噛み合わせを治療する時は、なぜ噛み合わせが悪くなったのか、その原因を追究しなければなりません。噛み合わせは個々の歯を調べてもわかりません。上下の歯列単位で診ていかなければならないのです。上下の歯の合わさり具合と、それらの前後左右の動き、そしてその動きをコントロールしている咀嚼筋や顎関節の状況をくまなく調べることから始まります。
まず、上下の噛み合わせの状況を把握します。歯列と顎関節との位置関係を測定し、上の歯列と上顎の位置関係を記録します。次に、歯型を咬合器という器械に取りつけ、噛み合わせの状態をいつでも客観的に診ることが出来る状態にして調べていきます。
さらに、顎関節の内部状況を調べるためにMRIを撮影行います。MRI画像から関節の関節円板や関節の頭の骨の状態がどのようになっているかを診断し、治療の必要性を判断していきます。
顎関節が顎関節内で大きく変化しているときは、それを治癒に近い状態にするためには外科的治療が必要ですが、日本では行われていません。顎関節の治療のほとんどは現状態をそれ以上悪くさせないようにその状態で安定させることが主目的となります。
そこで、安定させるための治療の主役が咬合治療です。
咬合治療では、すべての歯の咬頭と窩(歯の山と谷の部分)が点で接触するように調整を行い、前歯の臼歯を保護できる適切な誘導を確立し、その状態が数か月間安定するかが確認されてようやく終了となります。
このように、噛み合わせ治療は適確な診断と緻密な治療、定期的な管理が必要です。こうした考え方の治療は医科でいう先進治療の分野に入ると思われますが、噛み合わせの治療の評価は低いので先進治療としての適用もできないのです。
噛み合わせ治療を成功させて歯を守るには?
歯を失わないようにするには、むし歯や歯周病に罹患しない予防や治療とともに、安定した顎関節の状態と均一な噛み合わせの状態が必要となります。
そのためには噛み合わせを整備した後、噛み合わせが再びずれてくることがないか定期的にチェックし、異常がわかれば、こまめに噛み合わせを均一にするための調整治療が必要となります。
噛み合わせを安定させていくには、顎関節の状態の完璧な把握と定期的な観察とその記録、噛み合わせを調整するための高度な技術や十分な時間(1回1時間くらい)が必要です。
まとめ:保険適用よりも重要な治療!
噛み合わせは症状も出にくく、出てもほっておけば悪く順応してしまい気にならなくなってしまいます。しかしながら、歯を健康に保っていくためには、むし歯や歯周病の治療と同様に大切な治療であることがお分かりいただけたと思います。
みなさんがご自分の歯を健全に維持していくことが、体の健康を維持していくことに密接につながっているということに気づかれ、実際に行動をとられれることが肝心です。そうすれば、健康寿命ものびて結果的に医療費の抑制にも大きくつながり、国家予算の削減も可能になります。
いつまでも美味しく食べることをぜひ心掛けていってください。