咀嚼系の健康が身体の健康を支えています
毎日ご飯(食事)を美味しく食べられるのはどうしてでしょう?普段は耳慣れない言葉ですが“咀嚼系”という身体の仕組みが美味しく楽しい食事を支えています。今回のコラムでは、咀嚼系が果たしている役割と歯を失ってしまう根本的な原因、そして最後に当院での取り組みをご紹介します。
咀嚼系という言葉、ご存知ですか?
咀嚼系とは、美味しく食事ができるように作られている体の一連の仕組みのことで、〇顎関節、〇咀嚼筋群、〇臼歯部とその支持組織、〇前歯部とその支持組織で構成されています。これらが適切に連携してはじめて、スムーズな咀嚼(食事)が行われるのです。
ほとんどの方は「歯は大切です」と言われれば、当たり前だと思われるでしょうが、あらためて「なぜ大切か?」と問われると、ただちに答えられる方は少ないのではないでしょうか。
私は歯を含む“口”(顎口腔系)は
- 食べ物を唾液とよく混ぜて飲み込みやすくする役割
- 食べ物の情報を読み取って脳に送るための臓器としての役割
の2つの役割を担っていると考えています。
1つめの”飲み込みやすくする”というのは、わかりやすいでしょう。舌と頬とを使って、歯の上に食べ物と唾液を乗せ、何度も繰り返し噛むと豆腐屋ゼリーのように柔らかいかたまりになっていきます。そうなればスルスルとのどの方を通りやすくなり、ゴックン飲み込むことができます。これが口の1つめの役割です。
2つめの“情報を読み取って脳に送る”というのがイメージがつきにくいところでしょう。次の章からは、”口”という器官が、食べ物のどんな情報をどうやって読み取るのかについて詳しく解説してきます。
「美味しさ」を情報として読み取る
良いかみ合わせと咬合検査の記事でもすでにお話している通り、食事を美味しいと感じるのは、口の中にある仕掛けをとおして、美味しさの情報が脳に送られているからなのです。
歯ざわり
歯ざわりを感じるのは歯の歯根膜という部分です。食べ物を口の中に入れて咀嚼すると、歯根膜の中にあるセンサーが歯ざわりの情報を受け取り、その情報を脳に瞬時に伝えます。
食べ物によっていろいろな歯ざわりがあり、その違いを楽しめるからこそ、美味しいと感じることができるのです。歯ざわりの乏しい物は余り美味しいとは感じません。
5つの味
味には主に「甘味」・「酸味」・「塩味」・「苦味」・「うま味」といった5つの味があります。なかでもうま味は、脳をとてもよろこばせます。食べ物は咀嚼によって唾液と混ぜ合わされて液状になると、舌の中にある「味蕾(みらい)」と呼ばれる味覚受容器まで到達することができるようになります。脳は味蕾から情報をうけとることで「うま味」を判断しています。わたしたちはこうして、今こんなに美味しい物を食べているんだと感じることができるのです。
香り
魚を食べれば”魚の香り”を、肉を食べれば”肉の香り”を感じることができます。これは、臭細胞という部分がセンサーとなって、食べ物を特定し記憶しているからです。今食べている物の香りを過去の記憶と照合することで、「これは魚だ」「これは肉だ」「これは大好物だ!」と感じることができるのです。
ここまでは、食べ物の情報をどうやって読み取っているのかを簡単に解説しました。次は、脳がその情報を受け取って消化吸収に至るまでを解説していきます。
脳が"美味しい"と思わないと十分な栄養が摂れない
身体の中でおこなわれる消化吸収のステップを整理してみます。
- お口の中で咀嚼する
- 食べ物の様々な情報が脳に伝達される
- 身体に取り入れるべき食べ物かどうか脳が判断する
- 脳から臓器に消化吸収の指令が送られる
- 胃からグレリンというホルモンが分泌される
- 5に呼応して、膵臓や胆嚢などから消化酵素が出てくる
- 消化吸収がはじまる
2番目まではすでに説明しました。ここで重要なのは3番目と4番目です。脳は、口から送られてくる情報をもとにして、「この食べ物を身体に入れても安全なのか」「十分に栄養があるものなのか」を判断します。情報が少ないと、何を消化すれば良いのか判断することができません。逆に美味しく味わってたべると、たくさんの情報が脳に伝わるので、消化吸収も促進されるということになります。
※詳しくは良いかみ合わせと咬合検査
つまり、脳が美味しいと思わなければ、胃の中に食べ物を流し込んでも十分な消化吸収は起こらないということです。
TVで放映される「大食い選手権」の選手を見てください。太っている人はほとんどいません。ただ詰め込んでいるだけでは、血となり肉とはならないのです。しっかりと味わうための咀嚼をして食べ物の情報を脳に十分に渡すことによって初めて、消化吸収が促進され、身体に必要な栄養を確保することが出来るのです。
お口の健康こそが、身体も健康を支えているといえるでしょう。
ちょっと解説:唾液に含まれる消化酵素"アミラーゼ"
唾液には消化酵素アミラーゼが含まれています。しかし唾液の中に含まれているアミラーゼはデンプン中のアミロースやアミロペクチンを二糖類であるマルトースおよびオリゴ糖に変換する酵素で、単糖類のブドウ糖までは分解はしません。
膵臓から出るアミラーゼは単糖類まで分解しますが、なぜ唾液のアミラーゼは二糖類までしか分解しないのでしょうか。それは咀嚼をしている時に甘味を脳に感じさせる情報を出し、消化吸収を促進させる狙いでの仕掛けではないかと私は推測します。
そうでなければ、唾液と膵液の2重にアミラーゼを出す必要はないはずです。
解剖学的・生理学的な要件を十分に備えた歯は食べ物の情報をしっかりと脳に伝え、そのことによって体に必要な栄養素を確保することができるという非常に重要な働きをしているのです。
どうして歯を長持ちさせないといけないのか?
ここまでの話を理解していれば簡単かもしれませんが、あらためて質問です。
どうして他の臓器と同じように、歯の寿命も長く持たせる必要があるのでしょうか?
それは、身体は外から必要な栄養素をしっかり取り込まない限り、維持していくことはできないという基本原理があるからです。
それも、ただ血管を通してとか、直接胃袋からというのではなく、口で咀嚼することによってその情報を脳でしっかりと感じることが必要なのです。
ここで注意しなければならないことは、食べ物と聞くと大抵の方は「カロリー」を連想してしまい、「カロリーオーバーにならないように注意しなければ」とか「ダイエットをしなければ」とカロリー一辺倒になってしまうことです。
しかし栄養素は、燃やして体を動かすエネルギーをつくる目的と体を造っていく原材料として使われる目的の2つに分けられます。
例えば、病院内でしばしば起こる院内感染や床ずれが生じる原因は栄養素が不足にあるのです。点滴や中心静脈栄養、胃瘻、カロリー計算食だけではだめなのです。
流動食をすすっていては元気が出ません。口からしっかりと食べ物を味わって食さないと、健康には決してなれません。
今の時代は生活習慣病が闊歩しています。60代以降の方で日々病院から出される薬を飲んでいない方はほとんどいらっしゃらないでしょう。
平均寿命は上がっても健康寿命はそれよりも10数年短く、残念ながら伸びもほとんどありません。健康寿命が尽きた後、その後10数年間はほとんどベッドで過ごさなければならない「寝たきり」の生活を強いられてしまいます。
健康寿命と呼応するように、歯の寿命も平均寿命よりも20~30年短いのです。歯がなければきちっとした咀嚼ができません。もしかしたら健康寿命と歯の寿命には相関関係があるのかもしれません。
大切な歯を失ってしまう理由
身体の健康を支えている”歯”を失ってしまう原因は大きく分けて2つあります。
- 歯自体が崩壊する
- 歯の支持構造が崩壊する
のどちらかです。
そして、歯や支持構造の状態を悪化させるのは、ほとんどが以下のいずれか、もしくは両方が直接的な原因になっていると私は結論付けています。
※突然の外傷や、がんなど新生物による障害、特定の病理的条件を除く
原因1. 微小損傷によるストレスや外傷によるストレス
これらのストレス(=力のこと)の大部分は、噛み合わせの不調和によって引き起こされます。正しく噛み合っていないせいで、一部の特定の場所に繰り返し過大なストレス(咬合力)が加わり続け、やがて歯を失ってしまうのです。
では、どうして噛み合わせの不調和が起こるのでしょうか。主な原因を2つ挙げてみます。
- 歯科医による不適合物の施術をされる
- 顎関節の変化によって、噛み合わせが変化する
1は、治療後に歯を噛み合わせると異和感がある、片方の奥歯が当たらなくなってしまった、フロスがちぎれてしまう等、歯科医が作った被せ物のせいで患者さんの噛み合わせがおかしくなってしまうことです。これを防ぐには正当な治療を行いたいと強く思って実践している歯科医を探すしか手段がありません。
2を予防するには、噛み合わせのバランスを定期的にコントロールする必要があります。ただし、極端な例ですが、顔面を殴られたりといった突発的な外傷によって顎関節の位置がが変化するもあります。こればかりは、歯科医では防ぎようがありませんが・・・。
原因2. 微生物の異常繁殖
口腔内の微生物は”常在菌ですので、滅菌することはできませんし不可能です。なにより大切なことは、微生物によって毎日作られる微生物の繁殖基地(プラーク)を、毎日一定の間隔で壊すことです。 これがプラークコントロールをするという事なのです。
※微生物:特定のバクテリア、ウイルスや細菌由来の歯周病を含む
美味しく楽しい食事のために
このように、自分の歯を守り、歳を重ねても美味しく楽しく食事をとるためには、咀嚼系全体の健康が欠かせません。咀嚼系の機能と形態の調和がとれていて、4つの構成要素の関係が安定した状態にあることが必要なのです。
そこで当院では、美味しく楽しく食事ができるための7つの診療目標を設定しています。
- 咀嚼系の全ての構造においていかなる疾患もないこと
- 顎の関節が安定していること
- 咬合(噛み合わせ)が安定していること
- 健康な歯周組織を維持できること
- 健康な歯を維持できること
- 口腔環境が快適なこと
- 望ましい審美性であること
です。この目標を達成するための治療が、「健口咀嚼診療システム」です。
- 健口咀嚼診療システムの流れ
- 初診
- 口腔ドック
(MRI画像診断含む) - 予防
プログラム - 基礎治療
- 咀嚼機能
回復治療 - 定期検診
患者さんの健康に寄与するために、ぶれることのない明確な治療の仕組みを整えています。