歯根破折のメカニズムと
新幹線の台車トラブル
新幹線の台車に亀裂が入っており、鋼材が破断するおそれがあったというニュースを耳にしました。最初は小さなキズであっても、大きな力が繰り返し加わることで深刻化していったとのこと。実は人間の顎や歯も、この新幹線の台車と同じように大きな力を受け続けています。今回はこのニュースを元に、歯根破折のメカニズムと対処法について解説いたします。
小さなキズが破断につながる
2017年12月20日、日経新聞では以下のような記事が取り上げられました。
「東海道・山陽新幹線ののぞみの台車に亀裂が入ったトラブルで、亀裂の長さが縦約14cmに達し、あと3㎝で鋼材が破断する恐れがあったことが19日、分かった。記者会見したJR西日本の吉江則彦副社長は「安全性への信頼を裏切った」と謝罪し、全台車で微細な傷の有無を確認する臨時検査を実施するとした。新幹線では過去に例のない損傷に、専門家からは「脱線の可能性もあった」との指摘が上がっている。」
また、大津山澄明・大阪産業大教授(鉄道工学)の話として、
「新幹線の台車には走行中、上部の車体の重さや車輪から伝わる振動、カーブ時の遠心力など様々な方向から負荷がかかる。今回の亀裂の発生原因は不明だが、過去になんらかの原因で生じた小さな悁が走行中の負荷で深刻化した可能性がある。」
と記載されていました。
新幹線の台車のように、繰り返し動くもの、常に荷重がかかるもの、そしてその状況が長期に渡って継続されるものは、必ず変化していきます。
そのような異常は起きて当然という姿勢で点検することが当たり前と思われるのですが、「全台車で微細な傷の有無を確認する臨時検査を実施するとした。」という記事を読むと、「微細な傷の有無の確認」はこれまで定期点検ではなされていなかったようです。
このニュースを聞いて私の脳裏をよぎったのは、歯根破折という言葉です。歯根破折とは、歯の根の部分が竹を割ったような割れてしまうことをいいます。
歯根破折って一体なに?
歯は咀嚼をするための臓器です。そのため、歯や歯周組織には「咀嚼のためのデザイン」が施されています。
その一つが表層のエナメル質。無機質で構成され、水晶と殆んど同じ硬度です。この部分はまさに“石”です。しかし歯全体が石であれば、「硬いけれど脆い」ということで何十年もの使用には耐えきれないでしょう。歯の機能を永く維持するには硬いけれど柔軟性があるという構造が必要なのです。
耐久性を得るために必要な「柔軟性」を支える仕掛けは、象牙質と歯髄にあります。
まず、象牙質は象牙細管という管の構造になっています。管の中は歯髄から染み出てきた水様性物質で満たされており、これによって象牙細管が柔軟性を帯びてきます。さらに、歯の根の表面にあるセメント質、表面から歯槽骨に向かって存在する繊維組織と歯根膜によって、歯にかかる荷重をコントロールして和らげているのです。
しかし、このように荷重に対する設計が十分になされた歯でも、歯根破折が起こるときがあります。1つ目は突然硬いものを数本の歯に集中させて噛んだとき(瞬間的な巨大な外傷)。2つ目は “歯ぎしり”や“喰いしばり”のような無意識の時に起こる口の生理現象にって、特定の歯に荷重がかかってしまったとき。後者の場合は小さなひび割れで済むこともありますが、運が悪いと根が真っ二つに割れる歯根破折が生じてしまうこともあります。
歯根破折が起こると、残念ながらその歯は抜歯するしか治療法はありません。骨であれば、固定をしていれば繋がりますが、歯の場合は骨と組織が違うため、固定していても自然とくっついて治癒することはないのです。当院のデータでも歯根破折が抜歯の原因の第一位を占めていました。
歯根破折の原因は?
歯根破折は歯科医としても口惜しいことなので、この様な不幸な出来事が起こらないように、当院では原因の究明に明け暮れていました。その結果、歯根破折を起こしやすい3つの要因が判明したのです。
- 無髄歯(むし歯などにより歯髄(神経)を抜いてしまった歯)で、治療等で歯肉から上に出ている歯の部分の丈が短すぎる場合や根管の厚みが薄くなってしまった場合
- 根管を補強する補強材料に硬い金属が使われている場合や、反対に根管を全く補強していない場合
- 顎関節が不安定で過度な歯ぎしりや喰いしばりをしやすい状況にある場合
以上の3つです。
当院が最も重視しているのは、この3つ目の要因です。過度な歯ぎしりや喰いしばりは、有髄歯(神経を抜いていない歯髄のある歯)であっても、歯根破折を起こしてしまうからです。
顎関節の不安定が原因で起こる歯根破折に対処するには
日本の99%の歯医者は、歯ぎしりや食いしばりの治療=「歯が噛み合わないようにすればよい」としか認識していません。
そのため、マウスピースを作って夜寝るときにはめておきなさい、歯の接触癖(TCH)が有ったら歯を合わせないように意識しなさい、といった処置が推奨されています。単純に荷重がかからないように、物理的に離してしまえばよいと思っているようです。
しかし、これでは根本的に歯根破折を防止することはできません。歯に荷重がかからないようにすることは不可能ですので、時間がたてば1本、また1本と歯根破折が起こり始め、最終的に「歯なし」の人生の時間が長くなっていきます。
歯根破折が起こらないようにしなければ、80歳で20本の歯を残そうという8020運動の成果も期待できません。
ではどのような治療であれば歯ぎしりや食いしばりによる歯根破折を防ぐことができるでしょうか。その究極の手立ては、顎関節を起点とした治療です。
そもそも、歯ぎしりや食いしばりは生理的な順応反応で起こることが多いのです。その順応反応を起こさせる原因をつくっているのが顎関節だからです。
(顎関節の仕組みや変化については、セキハタ歯科医院「顎関節の診断とMRIの重要性」で詳しく説明しています。)
実際の治療では、まず顎関節が安定した状態かどうかを診断することから始まります。もし安定していなければ、顎関節を安定させる治療をおこない、その後の定期検診で、また顎関節が変化することによるかみ合わせの変化が起きて咬合が強くなってしまったところがないかどうかの精査をしていきます。
歯根破折を防止し、大切な歯を残すために
のぞみ34号の台車破損事故によって、今後の定期車両点検の内容が大きく変わるでしょう。でも、それは新幹線を安全に運行していくためには当たり前なのです。
私たち歯科医も、顎関節は可動関節であり、頻繁に使用され、常に荷重が加わるものであるという認識を持たなければなりません。新幹線の台車と同じなのです。
顎関節と噛み合わせは切っても切れない関係であり、不必要に歯を失わないためにも、従来の治療や定期検診のあり方を見直す必要があるのです。
私たち歯科医は責任を持って、顎関節を含めた咀嚼系全体の健康に寄与していかなければならないのではないでしょうか。