例えば皆さんが家を建てようとします。その時、新築する家に期待する事は、広さ、部屋数、住んで快適であること、長持ちする事、等々様々な要望があることでしょう。それを実現するためには建築家は事前に十分なブランを練り、設計図を何枚も書き、最も合理的な施工過程を考え、時には完成予想模型まで造って着工していかなければならないでしょうし、そういうことは半ば常識化しています。施工順序をみても基礎工事から順次おこなわれていくことに何の疑問の予知も有りません。ですから手を抜かないかぎり一定の時間も必要とします。
また良心的な建築屋さんならば竣工後も定期的なメインテナンスを必ず行って行くことでしょう。完成した家に住んで見れば、その善し悪しは直ぐ判るでしょうし、お友達を招待すれば、そのお友達もにわか評諭家となるでしょう。
世の中にこのような「評諭家」が多く存在する事がその業界の質を上げる原動力となっていきます。勿論創作者にとっては甚だ評論家が多いほどしんどいでしょうけれど。でもこと歯科医療の世界では余り評諭家は多く存在しません。それは歯に対する関心の薄さと、歯科医療にブラック・ボックスが多すぎる為に多くの評諭家が育たないのではないでしょうか。
芸術家の世界では一流になろうとするためには、日夜を惜しんでの血の出るような努力が必要です。それは舞台に上がった時に、聴衆全てが評論家となり耳をそばだて、目をさらのようにして、何かを言ってやろうという環境にあるからなのです。たった一回の失敗でも二度と立ち直れないことも起こり得るでしょう。でも歯科医療の世界では殆どの歯科医が評論家の為に立ち直れなかったということはまず有りません。
