噛み合わせ
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良い噛み合わせと
咬合検査

良い噛み合わせの条件と治療の難しさ、検査方法について

院長・関端 徹 / せきはた とおる

噛み合わせに違和感を感じていても、すぐに治療の必要性を感じる人はほとんどいません。しかし、日常生活に支障をきたすほど異常を感じるようになるとネットで「噛み合わせ」をうたっている歯医者を何軒もはしごして、どんどん泥沼の状態に陥ってしまうのが現実のようです。こうなると、その方にとって噛み合わせはほとんど難病に近い存在になってしまいます。
今回のコラムでは、どうして噛み合わせを重視しないといけないのかという基本的な知識から始めて、良い噛み合わせの条件や噛み合わせ治療そのものの難しさ、具体的な検査方法についてお話していこうと思います。

なぜ噛み合わせが大切なのでしょうか?

理由1:食べ物の情報を「味蕾(みらい)」に伝える必要があるから

舌にある味蕾(みらい)の分布図。
舌にある味蕾(みらい)の分布図。食べ物の様々なうま味を感じる仕掛けがほどこされている。しかし、この分布図は1900年ごろの研究に基づき描かれた味覚地図であり、なんとなくわかりやすいので広まったのですが、この味覚の捉え方は正確ではありません。現在では「舌の部位による味の種類の感受性に明確な差はなく一致した結論はない」ということになっています。悪しからず。

味蕾は舌全体にまんべんなく分布しているわけではなく、舌の先端や根元付近、側縁後方部に集中し、舌乳頭(有郭乳頭、葉状乳頭、茸状乳頭)と呼ばれる突起状の構造の内部に約5000個存在します。

味蕾の中に、食べ物の情報を感知する味細胞(Ⅰ型,Ⅱ型,Ⅲ型の3種類)があり、細胞表面の味覚受容体で味覚物質を感知します。

味覚の基本要素は塩味、甘味、苦味、酸味、うま味の五つがありますが、一つの味細胞は五味のうち1種類の受容体だけを持ちます。五つの味のうち、甘味、うま味、塩味の味覚は栄養になる分子を検出する役割を担います。

例えば、甘味は砂糖などの炭水化物、うま味はグルタミン酸やイノシン酸などの分子を検出してたんぱく質を識別しています。

塩味はナトリウムイオンを検出することで感じますので適度な塩分を識別しています。酸味や苦味は本来、体にとっての有害な分子を検出し警告(これは腐っている、これは毒である)を発する役割を担っています。また舌の他、軟口蓋にも約20%存在します。

このように、味蕾にある味細胞は乳頭部の深いところに存在するため、味細胞まで食べ物の情報を伝えるには、唾液とよく混ぜることが必要になります。つまり、よく噛んで食べることが大切だということです。

理由2:快食のために精咀嚼(せいそしゃく)が必要だから

口に食べ物が入ると唾液が湧き出てきます。そして舌と頬の筋肉を使って食べ物を唾液と絡めて何回も咀嚼をすると、味蕾の奥にある味細胞が反応して大脳にたくさんの情報を送ります。大脳はこの情報を元に体に入れても安全なものなのか、栄養が十分にあるものなのかを判断し、各器官に「この食べ物から栄養を吸収しろ!」と命令を出します。

さらに、歯ざわりで食べ物の心地よさを感じると、食欲が増進したり、季節を感じたりします。そして、おいしい食事によってコミュニケーションが生まれたり、生きる意欲を増進させたりしていきます。

このように、体に必要な栄養をきちんと吸収するためには、よく噛んで食べること=精咀嚼が必要といえます。

反対に、よく噛まずに飲み込んでしまう噛み方を粗咀嚼(そそしゃく)もしくは粗噛みといいます。十分に噛まない粗咀嚼の場合、舌は食材の味ではなく、調味料の味しか感じられません。グルメ番組が人気ですが、レポーターをよく見ると2~3回の咀嚼しかしていないため、調味料の味を「おいしい」と言っているに過ぎないでしょう。

難しい調理法や調味料のない大昔でも、人類がおいしく食料を食べることができたのは、精咀嚼のおかげなのです。
まさに義務食派(歯)・満腹派(歯)ではなく”快食派(歯)”でなければならないのではないでしょうか。

理由3:口の中で上手に「調理」する必要があるから

歯は咀嚼する作業の中で、かみ砕いたり、磨り潰したり、歯の上に乗っている食べ物をまた頬や舌に戻したりする役割を担っています。まさしく、歯は食べるための「包丁」と「まな板」であり、咬合を元として舌と頬の協調した動きなど全部ふくめて「噛み合わせ」と言うのです。

上の歯が包丁、下の歯がまな板のような役割。上下の歯の山と谷の部分が接触して、食べ物を調理しているイメージ。
上の歯が包丁、下の歯がまな板のような役割。上下の歯の山と谷の部分が接触して、食べ物を調理しているイメージ。

もし包丁の刃が鈍っていたり、まな板が歪んでいたりしたら、上手に調理することができないため、包丁を研いでまな板を新しいものに変えますよね。では、歯が欠けて沁みたり、噛むと痛かったりしたら皆さんはどうしますか?

大部分の人は、まず、噛めるところだけで噛むように顎を移動させて食事をするようになります。
それでもうまく噛めなくなると、次のような行動をとるようになります。
食べ物の大きさを切り刻んで小さくして、さらに食べ物を柔らかくしたり、「汁」で流し込んだりするようになります。また、硬くて食べられない物は食べないようにします。

いよいよそれでもだめならば、ミキサーを食卓に置き、サプリメントを常用するようになります。
そして最後に重い腰を上げて歯科医院へ、というパターンの方が多く、すぐ歯科医院に行って診てもらうという方は少ないようです。

食べ物を楽しく快適に食するためには、健康な歯で精咀嚼を心がけ、ゆっくり味わうことが大切です。しかし、包丁とまな板である歯を使いこなす技術も重要です。

包丁とまな板は1歯と1歯との関係ですが、使いこなす技術は上の歯列と下の歯列との関係、つまり噛み合わせということになります。

この噛み合わせについてはよく知らされていませんので、よい噛み合わせとはどのようなものなのかということをお話ししていきましょう。

では、良い噛み合わせとは?

良い噛み合わせの必要条件は歯数がどんな形であれ28歯全てそろっていることです。そのため、歯数が不足していれば補充をしていかなければなりません。

わたしたちの歯は前歯が上下左右で12歯、臼歯が16歯、合計28歯(親知らずは除外します)あり、それぞれが役割分担をしているため、1歯でも欠けると機能が低下します。

たとえると、金管楽器の団員がいなくて演奏ができないオーケストラのようなものです。全部自分の歯でなくても、インプラント、ブリッジ、取り外しのできる義歯などの人工物で、まず頭数をそろえることが大事です。

また個々の歯の形がその機能にあった形態をしていなければなりません。

なぜならば、よく「30回以上噛むことが大切だ」と言われていますが、最初はきちんと数えていても、しばらくすると何回噛んでいたか忘れてしまい、ついゴックンと飲み込んでしまいがちになります。みなさんはそんな経験はありませんか?

たしかに回数は一つの目安ですが、回数を数えて食事をするということは味気ないのではないでしょうか。そこで登場するのが精咀嚼の食べ方です。視覚的に色を楽しみ、よく味わって食べ物のうま味を感じ、そのとき生じる食べ物の持つ香りを嗅ぎ、歯ざわりを楽しむ、このことを行っていれば数えなくとも一口30回はクリアします。

精咀嚼をおこなうには、よく噛めるように歯の形態が整っていることが必要です。オーケストラでいう楽団員一人一人の実力ですね。つまり咬頭(歯の山の部分を指します)が尖がっていて、それを受ける反対側の歯の谷が平らになっていれば、サクサクと切れ味のよい調理場となります。そして料理した食材が舌や頬に流れていけるような溝が切ってあって、流れ落ちるスペースが十分に確保されていることも必要です。

条件1:上下全体の歯が接触していること

以上のことを踏まえると、よい噛み合わせの条件は、第一に「上下全体の歯が接触している噛み合わせ」が重要です。しかし、ただ単に接触しているだけではいけません。

図① 歯の様子を正面から見た図。上下の歯は山と谷の部分で点で接触している。
図① 歯の様子を正面から見た図。上下の歯は山と谷の部分で点で接触している。

まず、上下同名歯が咬頭(こうとう)と窩(か)を介して面接触ではなく点接触していること(図①)がポイントです。咬頭は臼歯や犬歯のとがっている部分で、窩は歯のへこんでいる部分です。

図② 上の図は、歯を上から見たときの図。下の図は歯を正面から見たときの図。舌や頬に食べ物が流れる道が確保されている。
図② 上の図は、歯を上から見たときの図。下の図は歯を正面から見たときの図。舌や頬に食べ物が流れる道が確保されている。

そして、噛む面には食塊が舌や頬に流れる道があること(図②)、さらに隣同士の歯は適切な形態(鼓形空隙)を持って接触していること(図②の緑の三角矢印がさしているところ)が重要です。

条件2:前歯が横揺れの力を肩代わりしていること

よい噛み合わせの第二の条件は前歯と奥歯の関係で、前歯が奥歯の横方向にかかる力を肩代わりしてあげている噛み合わせかどうかです。そもそも歯は横揺れの力に対しては弱い構造になっているため、顎関節に近い奥歯が横揺れの力を受けると、テコの原理で前歯よりもより多くの荷重を受け、時間の経過とともにグラグラになるか、顎の関節がカクカク鳴るようになっていきます。

この横揺れの力を関節に遠い前歯が完全に引き受けることにより、奥歯が楽になり奥歯を長持ちさせられるのです。

条件3:噛み合わせと顎関節の調和がとれていること

そして、第三に「噛み合わせと顎関節の調和がとれているかどうか」ということも、快適に咀嚼ができる重要な条件です。

わたしたちは食事の時、顎を動かして歯を合わせて咀嚼します。1回の食事に600回以上(一般的な夕食。一口あたり20回の計算で30口分)顎を動かして噛み合わせているとしたら、1日で約1800回、1年で約66万回以上も顎関節が動いていることになります。

それだけでなく、眠っている間の無意識な歯ぎしり・くいしばり、さらに話しているときも加えれば、顎関節は大きな役割を果たしているのだとわかりますね。

顎関節は、耳の穴の1㎝くらい前に親指大の顎の関節が入る窪み(窩)が頭蓋骨にあり、関節の頭や関節円板集合体がそこにすっぽりと収まって(この顎関節の位置を着座位といいます)います。顎関節はほかの関節と比べて特殊な関節のため、酷使してもほとんど疲労感や痛みが出にくいように設計されているのです。

しかし、膝や腰の関節と同様に、靭帯が伸びやすい器質であったり、大きな外傷を受けたり、関節頭や関節円板を引っ張る筋肉が異常な緊張を強いられたりしていると、内部に変形が生じます。

内部の変化が起こると、顎関節と歯は下顎骨によって繋がっていますので、歯の位置の変化も起きます。すなわち、噛み合わせが変わってきてしまうのです。

しかし、わたしたちはともかく食べられることを最優先しますので、噛み合わせが変わっても、その中で、一番噛みやすいところで食べ物を噛もうとします。たとえば、左側が噛みにくかったり、痛む箇所があったりした場合、右側だけを使って噛まざるを得なくなり、ある特定の歯だけが酷使されることになります。そして、その結果、歯の崩壊が起きてしまいます。

以上の3つの条件が同時に満たされていないと決して“よい噛み合わせ”であると言うことができないのです。

歯科は1歯単位というとらえかたではなく、全ての歯や歯周組織、顎関節を一つの器官とみなす「一口腔単位」のとらえ方をベースに置くことが必要です。

そのため、咬合状態の良し悪しを判定するにはお口全体(歯及び歯数、歯周組織、咀嚼筋、顎関節、唾液腺)を診ていかなければなりません。

噛み合わせ(咬合)治療の難しさ

歯科医療の目標は「毎日ご家庭で、お口の中の細菌を徹底的にコントロールできる習慣を身につけて戴けるようにご指導すること」と、「噛み合わせが気にならないようにお口の状態を整備し、定期的にチェックすること(言い換えれば、咬合圧を一定にコントロールしていくこと)」だと私は信じています。

噛み合わせ(咬合)を維持・管理することは歯科治療の中で一番難しいことです。なぜなら、生活習慣を変えることに踏み込んでいかなければならないからです。特に噛み合わせでは、たとえその噛み合わせが異常であったとしても、明確な症状が出にくいため、本人は治療の必要性を感じていないことが多いです。

そしてもう一つの問題点として、噛み合わせ(咬合)に対して関心を持ちその技術を極めている歯科医が非常に少ないということが挙げられます。

理由としては、以下のことが考えられます。

  1. 歯科医師が咬合治療そのものを習わなかった
  2. 患者さんが噛み合わせを特に気にしていなければそのままいじらないほうがよい
  3. 1歯ずつの治療のため、咬合は高い部分のみ低くするという調整で十分だと思っている
  4. 保険治療には咬合治療の点数がほとんどない
  5. 歯科医が咬合治療でより悪くした経験があるため、患者が治療に反対する
  6. 咬合治療による結果を予想するためには歯科医師の認識以上の正確さが要求される

噛み合わせ(咬合)治療には十分な知識の習得と実践が要求されます。治療自体が不用意に行われたならば、変えられた咬合が問題をかえって大きくする可能性もあるため、手をつけることを、あえて避けているといっても過言ではありません。

そのため、噛み合わせ(咬合)に異常を感じる方にとっては難病に近い存在になってしまうわけです。

そして、噛み合わせに異常を感じる方々は、治療してくれる歯科医療を求めて何軒もの歯科医院をはしごするものですが、いじればいじるほど泥沼の状態に陥ってしまうのが現実のようです。

たった1か所の歯が他の歯よりも先に当たるというそれだけの現象であっても、やがてその歯に凍みがでたり、その歯がぐらぐらしてきたり、口が急に開けづらくなったり、耳元でカクカク音が鳴ったり、肩凝りが激しくなったり、偏頭痛持ちになったりとさまざまな症状を呈してくることがあります。これらの症状は、噛み合わせの異常から来る連鎖反応によるものと言えるのです。

噛み合わせは大切なものであり、そして噛み合わせをきちんとチェックして管理していくことが、専門医としての歯科医に課せられた重要な仕事となります。

噛み合わせ(咬合)の検査について

よい噛み合わせの条件にかなっているかを、以下の検査を通じて調べます。

噛み合わせが安定しているかどうかは、顎関節の安定度によって大きく左右されます。そのため、まず噛み合わせの検査の時は必ず顎関節の検査を行う必要があります。次にお口の中で実際どのような噛み合わせになっているかを調べるという手順です。

検査1:顎関節の検査

  1. MRI画像検査

    MRI画像診断を行えば、顎関節の安定状態や内部の関節円板の変化の段階、関節内の炎症状況、関節頭の退行性疾患の有無など、ほとんどのことを診断することができます。

  2. 関節雑音があるかどうかの聴診検査
  3. 関節に異和感が有るかどうかの触診検査
  4. 顎関節に負荷をかけ痛みの有無を探るロード検査
  5. 顎の動きを調べる検査

検査2:歯および歯列の検査

  1. 口腔内検査:個々の歯、歯周組織の状況、上下の歯の位置関係を調べます。
  2. 上下顎の模型(研究模型)を作って、上下歯列の位置関係や、並び具合、一つ一つの歯の状態を調べる診査
  3. 早期に接触する歯が有るか無いかの検査
     a.口腔内での診査
     b.研究模型を咬合器に付けての模型診査
  4. 咀嚼筋に異和感が有るか無いかの筋触診検査

まとめ

むし歯や歯周疾患は治療できるものであり、ご本人のやる気次第でご家庭ででも予防は十分にできます。むし歯の発症を未然に防ぐことは可能です。

しかし、残念ながら顎関節はご自分でコントロールしていくことは困難です。顎関節がもし不安定だとしたら、その影響の一部は歯列に影響を及ぼし、歯列の変化が、歯や歯周組織に影響を及ぼします。その結果、歯の喪失につながります。

本質的な歯科医療の目指すゴールはむし歯や歯周病の予防や治療ではなく、食べ物がよく噛める状態になっていること(咀嚼機能・能率)に対するケアです。噛み合わせが気になる場合は、顎関節も含めた全体を診てもらえる歯科医へ行き、治療してもらうようにしましょう。

ちょっと解説【早期接触にご注意】

わたしたちの歯は、ものを食べるとき以外は上下の歯が接触していない状態であることが原則です。この状態を安静位(あんせいい)といい、上下間の隙間を安静空隙(あんせいくうげき)と呼んでいます。この安静位の状態から私たちは発音をしたり、物を噛んだりします。

もしも常に上下の歯が合わさった状態であるとしたら、顎に付いて顎を動かす筋肉(咀嚼筋)が何時も緊張させられている状態になります。
その状態が続くと、その筋肉と繋がっているほかの筋肉も時間の経過とともにだんだん緊張し、やがてその緊張が肩の筋肉や頭を支える筋肉まで伝わって、肩コリや偏頭痛を起こすこともしばしばみられる現象です。

特に注意しなければならないことは、この安静位の状態から歯を接触させようとしたときの歯の接触状態です。すんなりと全ての歯が同時に接触すれば、問題ありませんが、一部の歯(2~4歯)のみ接触する場合が問題となります。このような場合は自動的に筋肉神経反射機構が働き、顎をもっと多くの歯が接触する位置まで移動させてしまう現象が起こります。

この現象が起こると、本来収まるべき顎の関節頭(かんせつとう)(顆頭(かとう))の位置(これを中心位と言います)とは別の位置に移動させてしまいます。そのため、関節(顆頭)の上に乗っている関節円板のズレや変形から、関節の機能が不全となる顎関節症を招くおそれが生じます。

このような早期接触の症状があると、歯、歯周組織、咀嚼筋、顎関節に何らかの障害が出る確率が非常に高くなりますので、この早期接触があるかどうかを正確に診断することが歯の健康では重要なこととなります。

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